広島地方裁判所呉支部 昭和48年(ワ)4号 判決 1974年11月11日
原告
増岡敏昭
右訴訟代理人
原田香留夫
外二名
被告
五洋建設株式会社
右代表者
水野哲太郎
右訴訟代理人
内堀正治
外二名
主文
一 原告は、被告に対し、昭和四八年四月一日以降被告の従業員たる地位を有することを確認する。
二 被告は、原告に対し、金一一〇万七、五〇〇円および昭和四九年九月以降毎月末日限り、月額金四万七、五〇〇円の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、主文第二項のうち金三〇万円の支払を求める部分を除き、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一被告会社と原告との間に、昭和四七年五月労働契約(採用内定)が成立したことは当事者間に争いがない。右契約成立とその後の事実経過について、<証拠>によれば、次のことが認められる。
(1) 被告会社は、昭和四七年四月ごろ呉工専に対し、昭和四八年度卒業見込者で被告会社に入社希望者の推薦を依頼し、呉工専は、昭和四七年五月一日付で原告を推薦するとともに、その指定に従い原告の履歴書、写真、推薦書、成績証明書、卒業見込書、健康診断書、戸籍謄本、身上調査表(<乙第一号証>の一、二、第二ないし第四号証、第七ないし第九号証)を被告会社に送付した。そして、原告は、昭和四七年五月一七日、被告会社の広島事業本部で行なわれた入社試験を受験した(試験の内容は、午前に建築、英語、数学、一般常識などの筆記試験と午後に面接と身体検査であつた)。
(2) 翌五月一八日、被告会社は、原告に電報で「サイヨウナイテイ」と通知し、その後、原告に対しては五月三〇日ころ呉工専に対しては六月二日にそれぞれ原告の採用内定を通知し、原告は五月三一日付で被告会社の指示に従い、承諾書(乙第一〇号証)に署名、押印して被告会社に送つた。なお、採用内定通知には、昭和四八年三月に卒業を前提として原告を採用する旨、また被告会社の入社通知があり次第赴任する旨の文書が記載されている。
(3) その後、被告会社は、原告宛に昭和四七年の盆頃、被告会社の社内報(七、八月)を送付し、また昭和四七年九月二七日付で(イ)留年の有無、(ロ)在学中の総ての居所、(ハ)変名、偽名の使用の有無、(ニ)学内外で所属した団体名とその役職、(ホ)刑事処分の有無とその内容などについて回答を求める補充身上調査表(甲第九号証)を送付してその提出を求めた。原告は右補充身上調査表に(ニ)に「写真部五年間所属」、(ロ)に原告の住所を、他は「なし」と記載のうえ、被告会社に送つた(一〇月一日に到着)。
(4) 被告会社では、採用手続の最高責任者は人事部長の高橋利幸であるところ、昭和四七年九月下旬から一〇月上旬にかけて、当時の人事課長国枝等らの相談を受け、被告会社において、採用内定者のうち原告を含む四名の者(東京本社で二名、広島事業本部で原告および訴外高橋某)に辞退してもらう方針を決め、昭和四七年一〇月一九日付で原告に対し、同月二八日午後一時に被告会社の広島事業本部まで来るようにとの手紙(甲第一〇号証)を出した。
(5) 原告は、右手紙を受けとり、一〇月二八日は呉工専の授業かあるので、学校に報告し、清教諭から「中間教育だろうから安心していけ」と言われ、授業を欠課して被告会社に赴いた。
(6) 昭和四七年一〇月二八日午後一時、原告は、被告会社広島事業本部の応接室において、被告会社人事部長高橋利幸、同顧問弁護士内堀正治と面接し、被告会社側から採用内定を取止めたい、一年間の給与(ボーナスを含む)に相当する金五七万円を支払うとの話があり、原告は、事前に準備されていた就職希望撤回届(乙第一二号証)に署名、指印した。
(7) 原告は、自宅に帰つて両親にその旨を報告し、翌二九日(日曜日)に呉工専の担任教諭清和四士に相談に行つたが、同人不在のためその翌三〇日の朝、学校でその旨報告した。一一月四日、原告の父忠勝は、被告会社から送られてきた金五七万円を被告会社人事課長代理中西弘孝に返えして、同人に内定取消の理由を尋ね、さらに一一月九日、一二月二五日の二回、前記内堀弁護士と会つて、内定取消の理由を尋ね、また呉工専の清教諭も一一月一日、事情を聞くため被告会社人事課長代理中西に電話し、被告会社は前記内堀弁護士を、一一月二一日、呉工専に派遣して清教諭他一名と会つた。しかし、以上の様な会合の席上、被告会社は採用内定取消の理由を明らかにせず、再採用の意思のないことと、金銭的な解決ならば考慮の余地がある旨の意向を述べたのみであつた。
二以上の事実経過のうち(6)が合意解約成立にあたるか否かが本件の主たる争点であるが、その判断に先き立ち被告会社の解約申入れの理由についてまず検討する。
(一) 被告会社は、採用内定者が、必要人員より過剰となつたため、原告に対して解約申入れをすることに決めたと主張し、<証拠>には、昭和四七年九月下旬か一〇月上旬ころ、公務員試験の発表結果や例年の就職状況の流れから判断して、採用内定者中から現実には被告会社に入社しない辞退者の少ないことが推測されたので、当初の採用計画に合せるように採用内定者の一部に辞退勧告をすることに決めたこと、原告をその対象者とした理由は、呉工専出身者の採用は、被告会社において初めてである点、面接時における原告の転勤に対する消極的態度、成績が余りよくない点、父親が左官職であり同業者の子息は企業への定着性が良くない点などを総合的に判断して決めた旨の、右主張に沿う供述がある。
(二) しかし、被告会社の右主張および<証拠>は、次のような理由によつて採用できない。
(1) <証拠>によれば、被告会社は採用内定者に対する独自の追跡調査を行つておらず、そのうちの辞退者数が明確となるのは入社式当日に出席しないことによつてであり、それまでは補充身上調査表の未提出者、面接時に公務員試験を受験する希望のあることが判明した者、留年が判明するころの学校照会などを参考に例年の就職状況の流れから人事担当者が一応の推測をたてるのみであつたことが認められ、公務員試験の結果についても、証人高橋利幸は国家公務員試験といい、証人内堀正治は地方公務員試験というなど、食違つていてあいまいであるうえ、それらの試験合格者のうち採用内定者が何名含まれているか調査したと認めうる証拠がない、また補充身上調査表の提出期限は、<証拠>によれば一〇月一〇日と認められ、実際にも一〇月初めになつて揃うものであることからみて、いずれにしても九月下旬ないし一〇月上旬に採用人員が過剰となる見通しが明確になつたとは到底考えられない。
(2) <証拠>によれば、昭和四八年度卒業見込者を対象とする被告会社の採用計画は、総計二六八名のうち、四年制大学、工専、短大卒二二三名(建築部門四〇名)、高校卒四五名(建築部門一五名)で、辞退者をその約一割と考えて採用内定者を決める計画であつたこと、しかし、実際には、総計三二九名、うち四年制大学、工専、短大卒二六三名(建築部門四八名)、高校卒六六名(建築部門一九名)を採用内定し、結局社員として採用されたのは、総計二八五名(建築部門六一名)であつたことが認められ、かつ、採用計画と採用実数との比率も一定せず、機築部門が多いわけでなく、電気部門においては、計画の約二倍も採用していることが認められる。また従前から、予想より辞退者が少ない場合には、全員を採用していた実情にあつたことが認められ、辞退の勧告をしてまで採用内定者を減らさなければ、採用人員が過剰となると判断したと考えられない。
(3) さらに原告を辞退勧告の対象とした理由についても、被告会社自身が工専に対し、入社希望者の推薦を依頼しており、採用内定を決定する時点で、すでに原告の父親が左官職であること(乙第一号証の二、第三号証)、成績についても、呉工専の成績(乙第六号証)および採用試験に合格していることなどから被告会社に判明しており、転勤の点についても、<証拠>によれば、転勤することは異存がないと面接の際に即答していることが認められることを考えると、<証拠>中の工専出身者、転勤、成績、企業への定着などを考慮して原告を対象者ととしたとの部分は納得しがたい。
(三) 一方、原告は採用内定取消の真の理由は原告の父忠勝の労働組合運動などにあると主張する。<証拠>によれば、原告の父忠勝は左官で、被告会社の下請である佐々木建設に昭和三四年ごろから勤務し、昭和四五年ごろ佐々木建設における労働組合結成の中心となり、同組合が全国建設及び建設資材労働組合(略称全国建設)に加盟以来同組合呉支部佐々木分会分会長、同組合呉支部執行委員長の地位にあるほか、公害をなくする呉市民の会など市民運動にも参加していることが認められ、また原告の兄も理由不明で他社の入社試験に落ちたことがあつたので、原告の被告会社受験時に右の経歴などが採用の支障となるのではないかと不安を抱いたことが認められる。この事実と<証拠>によれば、被告会社弁護士内堀正治が前項(6)の面接時に原告に採用内定取消の理由として「会社との信頼関係が崩れた」と述べ、また前項(7)の原告の父との話の折りに「理由は貴方が一番よく知つている」と述べたと認められることを合わせ考えると、原告および父忠勝が採用内定取消の真の理由は原告の父の労働組合活動等にあると推測しているのには無理からぬ根拠がある。しかし被告会社が原告の父の活動を嫌悪し、あるいは前項(6)(7)の話合において原告の父の活動に言及したと認めるに足りる証拠がないので、これが原告を採用内定取消の対象とした真の理由であると断定するには足りない。
三一項(6)の事実が合意解約の成立にあたるか否かを判断する。
(一) 昭和四七年一〇月二八日午後一時ごろの被告会社広島事業本部応接室における面接の状況について、<証拠>を綜合すると、原告が応接室に入つたところ二人がいて、「顧問弁護士の内堀と高橋人事部長です」と紹介のうえ、内堀弁護士から「会社の決定で採用を取消したい、会社の方から一方的に取消をすると君の将来にも傷がつくし、次の就職にも差支えるので君の方から撤回を出してもらえないか」と切り出し(内堀正治証言は「会社の人員の都合で採用内定を辞退してくれということです」と述べたという)、準備してあつたタイプ書きの就職希望撤回届(乙第一二号証)を示し、「五七万円を差上げるから了解して下さい」と述べたこと、原告がその理由を尋ねたところ「今は詳しく言えない」と答え、原告が「その決定はもう変えられないのですか」と尋ねたところ、「そういうことだ」と答え、「帰つて考えてみるか」と述べたが、原告は右撤回届に署名し、内堀弁護士から左手人さし指でと言われて指印したこと、そのあともう一度原告が理由を尋ねたところ、内堀弁護士は「理由は君が一番よく知つているだろう、会社と君の信頼関係が崩れたんだ」と述べたこと、以上の話合は一〇分間となつたが、その間原告が撤回届用紙にお茶をこぼし高橋人事部長がこれを持つて用紙を替えに行く(替はなく拭いてもどつた)などしたので実質的には数分で終つて原告は帰宅したことが認められる。
(二) <証拠>によれば、原告は右面接時まで採用内定取消を全く予想しておらず、内堀弁護士の突然の話に手がふるえてお茶をこぼすほどに動揺し、採用内定取消は被告会社の動かし難い決定であると考え、早くその場から逃げ出したい気持が強く、言われるまゝに撤回届(乙第一二号証)に署名指印したものと認められる。原告がこの時まで採用内定取消を予期していなかつたことは一項(3)(5)の経過によつて明らかであり、<証拠>によれば、被告会社側の両名は原告が採用内定辞退に同意しないときのことは考えていなかつたと述べており、撤回届はすでに準備されていたのであるから、被告会社側が仮りに「会社の人員の都合で」という言葉を用いたとしても、その場の雰囲気などから原告が被告会社の動かし難い決定と受取つたのは当然であり、また、原告が激しい精神的動揺を受けたことも想像に難くない。
(三) 以上認定の事実と一項(7)のその後の経過からみると、原告が面接時に被告会社の採用内定取消を納得し、これに合意する趣旨で撤回届に署名指印したものとは認めることができず、被告会社の合意解約の主張は採用できない。
(四) なお、仮りに面接時における被告会社側の発言を採用内定解除(一方的採用内定取消)の意思表示と解するとしても、前項認定のとおり、解除すべき合理的な理由は全く認められないから、有効に解除されたとは言えない。
四以上の理由により、原告と被告会社間には、その成立について争いのない昭和四八年三月に原告が呉工専を卒業することを条件とし、就労の始期を昭和四八年四月とする労働契約が継続している(原告が昭和四八年三月に呉工専を卒業したことは弁論の全旨により認められる)と認められるから、以下原告請求の各項目について判断する。
(一) 被告会社が原告の地位を争つていることは弁論の趣旨により明らかであるから、昭和四八年四月一日以降被告の従業員たる地位を有することの確認を求める原告の請求は理由がある。
(二) 弁論の全旨によれば、原告の一年間の給与が五七万円(月平均四万七、五〇〇円)であること、被告会社は合意解約を主張して原告の就労を拒否しているが、原告は就労の意思を有していることが認められるから、昭和四八年四月一日以降毎月末日限り月額金四万七、五〇〇円の支払(昭和四八年四月から同四九年八月分までは合計金八〇万七、五〇〇円となる)を求める原告の請求は理由がある。
(三) つきに慰謝料請求について検討する。被告会社の採用内定取消は二項認定のとおり、何ら首肯させるに足りる理由がないのみならず、その方法においても一項認定のように被告会社が推せんを依頼した呉工専の了解も求めず、原告、原告の父、呉工専教諭の求めにかゝわらずその理由を明らかにしないなど、信義に欠けるものといわねばならない。新規学卒予定者の場合、俗に「青田刈」と称されるとおり、大中企業は早期に採用試験を実施して採用内定者を決めてしまい、その時期に遅れたときには補充的採用や小企業だけが残されるなど就職希望者にとつて不利な条件下におかれることは広く知られた事実であつて、<証拠>によれば、原告は五月に被告会社の採用内定があつたので他社を受験せずにいたところ、一〇月二八日に至つて取消の話があり、以来被告会社との接渉と併行して他への就職を考慮したときもあつたが、本社採用でなく支店採用で給料も安い受験先しかなかつたこと、原告は本訴で争うこととし、呉工専卒業は卒業後設計事務所でアルバイトをしていることが認められる。さらに被告会社の就労拒否によつて、建築技術の向上の機会を阻まれ、当然予想される昇給等の利益を得られない損害も無視できない。以上の点を考慮すると、被告会社の採用内定取消の意向とその後の措置によつて原告は不当な精神的損害を蒙つたものと認められるから、当裁判所は諸事情を考慮し、その慰謝料として金三〇万円の請求を相当と認めてこれを認容し、その余を理由がないものとして棄却することとする。
(四) 訴訟費用については民事訴訟法第八九条第九二条を適用して全部被告の負担とする。
(五) 民事訴訟法第一九六条一項を適用し、慰謝料を除く金員支払につき、仮執行の宣言をする。
よつて主文のとおり判決する。
(花田政道 谷口伸夫 三橋彰)